header_btn
恭三郎の部屋

ROOM OF KYOZABURO

柘製作所代表取締役・柘恭三郎のブログ。

ラットレーのミニ情報です。スコットランドのパース市。

 

パース市ミュージアム&アートギャラリーのスーザン・ペインさんからのメールが届いた。

 

 

『ディアー・ミスターツゲ

パースのラットレーについてお尋ね頂いたことに感謝します。

1911年、タバコブレンダーのチャールズ・ラットレーは、パース市ハイストリート160番地にあったウイリアム・パターソン(タバコブレンダー)からたばこのビジネスを買い取った。
ラッタレイは葉巻、シガレット、パイプたばこを店頭で販売した。シガレットとパイプたばこは独自のブレンドで小売店の裏手で製造していた。彼の作った製品は評判がよく、店頭販売とメールオーダーはもとより、英国内の小売店に卸し、他国に輸出までするようになった。

ラッタレイの客の中には英国首相であった、ハロルド・ウイルソン氏、ウインストン・チャーチル氏がいた。ウインストン・チャーチルの葬儀の日には店を閉じ喪に服したほど親密な仲にまでなっていた。
1981年パース市にあった店を閉じた。

現在、ラットレーの店にあった木彫のシガーショップインディアン像、たばこが入っていた樽、各種たばこのダミー箱は、ここの博物館に保存してあります。

あなたが当ミュージアムに訪れた時私が不在だったことをお詫びします。

カインズ・リガーズ』

 

スーザン・ペイン

パース市歴史学芸員

パース

スコットランド

 

 

1981年に店を閉じた後、パイプたばこの製造機械類は、ロンドン郊外のロバート・マッコーネル兄弟会社に移った、その後、ドイツのハンブルグにあったウエード社に行き、現在は同じハンブルグにあるコールハス社にある。いまだに現役で働いている。100年以上も前の機械で、ラッタレイのパイプたばこを作り続けている、この凄さは、嗜好品であるたばこの証明の一つに違いない。私は何回もこの機械達と巡り合っている。それも不思議だ。1970年代中頃にロバート・マッコーネルで、1980年代の終わりごろハンブルグで、1990年代の終わりごろコールハスの工場だった。

 

この彼女のメールはあくまでも、パース市ハイストリート160番地にあった店の情報です。ラットレーはその前からパイプたばこの製造をしていたことは確かだ。しかし、シガレットも作っていたことは知らなかった。さぞかし旨いものだったのだろう。当時の事だからきっとストレイト・ヴァージニアだったに違いない。どなたかラットレーのシガレットのパッケージだけでも持っていないか?見たいものだ。